どうしようもないことなんて、この世には無いって信じてた。信じたかった。
「努力は必ず報われる」とか「愛は世界を救う」とか、青臭い台詞を平気で吐けた。

結局私は彼の為に、何が出来た?


















どうしようもない、だけど


















真っ白の病院に足を踏み入れたのは、これで二回目。
薬剤のツンと来る臭いに、吐き気がした。
患者や医師を押しのけてエレベーターに乗り込み、七階のボタンを押そうとしたところで
そのエレベーターに四階のボタンが無いことに気付いた。
妙な恐怖に付き纏われ、エレベーターを降り階段を駆け上がる。
意地悪そうな医師が怪訝な目でこちらを見ていることなんて、気にするものか。

何も考えずに駆け上がった階段は意外と距離が無くて
すぐに七階に着いた。

703・・・703・・・

病室の番号を探す。
いっその事部屋の前に名前でも書いてくれたらいいのに
今の世の中は個人情報だのなんだの堅くなりすぎて、とても狭苦しい気がする。

やっとのことで病室を見つけ勢いよくドアを開けると、沖田の青白い顔が横たわっていた。
顔色がいいのか悪いのかはよくわからない。
自分ほどでは無いものの、沖田も元々肌が白かったから。

「沖田。」
呼びかけてみたものの、返事は無かった。
「沖田ー?」
返事が無い。

もしかして…死んでいる?。

「総悟っ!」
そう言って頬を触ると人の温もりが手の平から伝わって、何故か涙が出そうになる。

「どうしたんでィ、そんな泣きそうな顔して?」
何事も無かったように言う総悟が、腹立たしいのか微笑ましいのかわからなくて
少し笑みがこぼれた。

「どうしたんでィ。」
「何でも無いヨ。元気アルか?」
今何を思ったかなんて、絶対話してやるもんか。

元気アルか?の質問に、答えは返ってこなかった。

「血ィ吐く病気アルか。」
「そんなことねェよ。まだ。」
そう、「まだ」。
この先、そうなる可能性は否定出来ない。
いや、ならない可能性の方が低いだろう。

「今の時代に結核なんて、珍しいネ。ちょっとだけ図書館で調べたアル。」
神楽が本を読んでるところなんて、見たことが無い。
その神楽が図書館に言って、家庭の医学か何かでも読んでたんだろうか。
ずり落ちた眼鏡を何回も掛けなおしながら本を読む神楽は想像するとちょっと可笑しくて、笑える。

神楽が初めて眼鏡を外してくれたのは、付き合い始めてすぐだった。
大きな丸眼鏡の下のくりっとした瞳を見て、ドキドキした。
上目遣いで俺を見る、少し照れ臭そうな顔が可愛かった。
眼鏡してない方が可愛いよ、と言い掛けて止めた。

こんな可愛い奴、すぐ誰かに取られてしまうんじゃないかって。


そう思いかけてハッとなった。
自分の立場を自覚する。
数年、早くて数ヶ月でこの世からいなくなる俺が、もう病院から出ることも出来なくなった俺が
コイツを待たせ、苦しめること以外に何が出来る?

好きな女の幸せも願えないで、どうする?

そうだ、平凡な恋をすればいい。
高校生らしく、同じクラスの男と付き合って、どこかのカフェでデートでもして
時には抱き合って、甘いキスを交わすような
そんなあまりにも平凡で素敵な恋が、神楽のところにならすぐやってくるだろう。
神楽がそれを受け取る資格を奪う資格は、俺には無いだろう。





「なァ。」
返事の代わりに、神楽がこちらを見つめる。
神楽の目が兎の眼を連想させるのは何故だろう。
くりくりしていて可愛いのに、どこか寂しげで哀しい瞳。

「眼鏡、掛けない方が可愛い。明日からそのままで学校行きなせェ。」
「嫌アル。」
きっぱりと言い切った神楽は、この言葉の真の意味を理解しているんだろう。


「お前なんか、大嫌いアル。」




貴方じゃなきゃ駄目なのに。
何でそんなことを言うの。











何も解ってないんだ、コイツには。